法改正で問い直される管理監督者の境界線
「うちの管理職には残業代を出していないけど、問題ないよね?」
経営者や人事担当者の方から、このようなご質問をいただくことが少なくありません。
たしかに、労働基準法第41条の適用除外規定では、「管理監督者」について労働時間・休憩・休日の規定を適用しないと定めています。しかしここで注意が必要なのは、会社が定める「管理職」と、法律上の「管理監督者」はイコールではないという点です。
厚生労働省が2024年に実施した「労働時間制度等に関する実態調査」では、管理監督者として扱われている労働者のうち、実態として管理監督者の要件を十分に満たしているかどうかが疑わしいケースが依然として存在することが浮き彫りになっています。いわゆる「名ばかり管理職」の問題は、未払い残業代の遡及請求や行政指導のリスクに直結するものであり、中小企業にとって決して他人事ではありません。
さらに、現在進行中の労働基準法改正の議論では、管理監督者の労働時間把握の義務化や要件の明確化が主要な論点として取り上げられており、「管理職だから残業代なし」という従来の運用が通用しなくなる日が近づいています。この記事では、管理監督者の法的な定義や判断基準をわかりやすく整理したうえで、中小企業が抱えやすいリスクと、法改正を見据えた実務対応のステップをお伝えします。
いま「管理職と残業代」が注目される背景
(1) 約40年ぶりの労基法改正議論と管理監督者の見直し
労働基準法は1947年の制定以来、大枠の構造を維持してきました。直近では2018年の働き方改革関連法による改正がありましたが、労働時間制度の根幹に関わる本格的な見直しは約40年ぶりとして注目されています。
厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会では、労働時間法制全般の見直しが議論されています。そのなかでも「管理監督者」の取り扱いは重要テーマの一つに掲げられています。現行法では、管理監督者は労働時間・休憩・休日に関する規定の適用が除外されていますが、この適用除外の範囲や要件について、より明確化すべきではないかという問題提起がなされているところです。
(2) 法案提出は見送り、しかし議論は継続中
2025年12月、上野賢一郎厚生労働大臣は記者会見において「2026年の通常国会での法案提出は現在のところ考えていない」と表明しました。これにより、法案提出は2027年以降にずれ込む見通しとなっています。
しかし、法案提出の見送りは改正内容の白紙撤回を意味するものではありません。
審議会での議論は継続しており、改正の方向性自体は変わっていないと考えるのが妥当です。むしろ、この「猶予期間」を活用して自社の管理職の取り扱いを点検しておくことが、将来の法改正への備えとしても、現時点のリスク管理としても有効です。
そもそも「管理監督者」とは何か
(1) 管理監督者に対して適用除外される3つの規定
労働基準法第41条第2号は、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)について、次の3つの規定を適用しないと定めています。
・労働時間に関する規定(1日8時間、週40時間の上限)
・休憩に関する規定(6時間超で45分、8時間超で60分)
・休日に関する規定(週1日または4週4日の法定休日)
つまり、管理監督者には残業時間の上限規制や休日労働の割増賃金の支払い義務がないということです。
ただし、深夜割増賃金(22時~翌5時)は管理監督者にも支払い義務がある点には注意が必要です。
また、年次有給休暇の付与義務も適用されます。
(2) 「管理職=管理監督者」ではない、判断基準の3要件
行政解釈および裁判例の蓄積により、管理監督者に該当するか否かは役職名ではなく実態に即して以下の3つの要件で判断されます。
【要件①】経営者と一体的な立場にあること
企業の経営方針や人事に関する重要事項の決定に参画し、または労務管理上の指揮監督権限を実質的に有していること。
具体的には、採用・解雇・人事考課・予算策定などの権限が実質的にあるかどうかがポイントです。
【要件②】労働時間の裁量があること
出退勤の時刻や労働時間について厳格な制限を受けず、自己の裁量で決定できること。
遅刻・早退で減給されるような運用がある場合、この要件を満たしているとは言いがたくなります。
【要件③】地位にふさわしい待遇であること
基本給、役職手当、賞与その他の待遇が、管理監督者としての地位にふさわしい水準であること。
一般社員と大差ない年収で「管理職だから残業代なし」という運用は、この要件を満たしません。
この3要件すべてを満たして初めて、法律上の「管理監督者」として認められます。
逆に言えば、一つでも満たさなければ管理監督者とは認められず、残業代の支払い義務が発生するという基準です。
(3) マクドナルド事件に学ぶ「名ばかり管理職」の実態
「名ばかり管理職」が社会的に大きな注目を集めたのが、2008年の日本マクドナルド事件(東京地裁平成20年1月28日判決)です。同事件では、直営店の店長が管理監督者に該当するかが争われました。
裁判所は、店長には店舗運営に関する一定の権限はあるものの、企業全体の経営方針の決定に関与する立場にはなく、シフト勤務で実質的に労働時間の自由裁量もなかったことなどから、管理監督者には該当しないと判断しました。その結果、過去2年分(当時の時効)の未払い残業代として約750万円の支払いが命じられています。
この判決以降も、飲食業、小売業、介護業界などで同様の訴訟が相次いでおり、「名ばかり管理職」問題は特定の業界に限った話ではないことがわかります。
中小企業が抱えやすい“管理職リスク”とは
(1) 役職名だけで残業代を支払っていないケース
中小企業で最もよく見られるのが、「課長」「部長」「店長」といった役職名を付けているだけで、先ほど挙げた3要件の検証をしないまま残業代を支給していないケースです。
特に人員数が限られる中小企業では管理職といっても実態としてプレイングマネージャーであることが多く、自らも現場業務をこなしながら部下の管理も行っている場合がほとんどです。
このような場合、「経営者と一体的な立場」や「労働時間の裁量」という要件を満たすのは難しいと言わざるを得ません。
(2) 管理職の長時間労働が放置されている実態
働き方改革関連法により、一般社員の時間外労働には原則月45時間・年360時間の上限が設けられました。しかし、管理監督者はこの上限規制の適用対象外です。そのため、部下の残業を減らした結果、そのしわ寄せが管理職に集中するという構造的な問題が多くの企業で発生しています。
厚生労働省の実態調査からも、管理職の労働時間が適正に把握されていない事業所が少なからず存在することが指摘されています。長時間労働が常態化すれば、メンタルヘルスの悪化や過労による健康被害のリスクが高まります。万が一、管理職が過労で倒れた場合、安全配慮義務違反として企業が責任を問われる可能性があります。
(3) 未払い残業代の遡及請求リスク(最大3年分)
2020年4月の民法改正に伴い、賃金請求権の消滅時効は従来の2年から3年に延長されています(経過措置として段階的に適用。将来的には5年への延長も検討されています)。
これは、もし管理監督者に該当しない従業員に対して残業代を支払っていなかった場合、最大3年分の未払い残業代を遡及して請求される可能性があることを意味します。
仮に、このような事態への対処が必要となる場合、対象者の多くは社員の中でも基礎的な給与水準が高めであるため、支払い総額は数百万円から数千万円に上ることも珍しくありません。中小企業にとっては経営を揺るがしかねない金額と言えます。
管理監督者に関して議論されている3つの論点
労働政策審議会で議論されている改正案のうち、管理監督者に関連する主な論点は以下の3つです。いずれも法案成立前の段階ですが、改正の方向性を理解しておくことは実務上の備えとして重要です。
(1) 労働時間の客観的把握の義務化
現行法でも、2019年4月施行の改正労働安全衛生法により、管理監督者を含むすべての労働者の労働時間を客観的に把握することが義務化されています。しかし、改正議論ではこれをさらに一歩進め、労働基準法のなかで明確に規定することが検討されています。
具体的には、タイムカード、ICカード、パソコンのログなど客観的な記録方法による把握を義務づけ、「管理職だから勤怠管理は不要」という運用を法令上も明確に否定する方向です。テレワーク環境における深夜メールや休日のチャット対応なども、労働時間として把握すべき範囲に含まれると考えられます。
(2) 管理監督者の範囲基準の明確化
管理監督者の3要件は行政通達や判例で示されてきましたが、法律上の明文規定はありません。そのため、企業によって解釈にばらつきがあり、結果として「名ばかり管理職」が生まれやすい構造になっています。
改正議論では、管理監督者の範囲基準をより明確に定め、役職名ではなく実態で判断すべきことを法令上も明らかにする方向性が示されています。年収要件や権限の具体的基準が法令や指針として明文化されれば、企業が自社の管理職を自己点検しやすくなる一方、不適切な運用に対する取り締まりも厳格化する可能性があります。
(3) 健康確保措置(医師面談・休息確保)の導入
管理監督者には労働時間の上限規制が適用されないため、長時間労働への歯止めが制度上弱いという課題があります。改正議論では、管理監督者に対しても一定の健康確保措置を義務化することが検討されています。
想定される措置としては、一定の時間外労働を超えた場合の医師による面接指導の義務化、勤務間インターバル(終業から次の始業までの休息時間の確保)の導入、連続勤務日数の上限設定などが挙げられています。これらが実現すれば、「管理職は上限なく働ける」という従来の認識は根本から変わることになります。
中小企業が検討すべき実務対応とは
法改正の施行時期が確定していない現段階でも、以下の5つのステップは「今すぐ」着手できるものばかりです。むしろ、現行法の下でもこれらの対応は本来必要なものであり、法改正を待つ理由はありません。
Step 1 : 自社の「管理監督者」を棚卸しする
まず、自社で「管理職」として扱っている従業員を一覧化してください。役職名、人数、担当業務、権限範囲、年収水準などを整理します。「残業代を支給していない管理職は何名いるか」を正確に把握することが出発点です。
Step 2 : 3要件に照らして適正性をチェックする
棚卸しした管理職一人ひとりについて、前述の3要件(経営への参画、労働時間の裁量、待遇の水準)に照らして実態を検証します。以下のようなチェックリストを活用するとよいでしょう。
□ 経営会議や人事上の重要な意思決定に参画しているか
□ 採用・評価・異動などの人事権を実質的に有しているか
□ 出退勤の時間を自己の裁量で決められるか
□ 遅刻・早退による賃金控除がないか
□ 一般社員と比較して十分な処遇差(年収ベース)があるか
□ 役職手当の金額は、想定される時間外労働の対価として合理的か
Step 3 : 労働時間の客観的記録を整備する
管理監督者を含むすべての従業員について、労働時間を客観的に記録する仕組みを整えてください。タイムカード、ICカード、勤怠管理システムなど、自己申告に頼らない方法が望ましいです。テレワーク環境であれば、パソコンのログオン・ログオフ記録の活用も有効です。
Step 4 : 管理職の処遇を再検討する
3要件のチェックの結果、管理監督者としての実態に疑問がある場合は、2つの方向性があります。
一つは、管理監督者にふさわしい権限と待遇を実際に付与する方向です。経営への参画機会を増やし、裁量を広げ、処遇を引き上げることで、実態を要件に近づけます。
もう一つは、管理監督者の扱いをやめ、適正に残業代を支給する方向です。この場合、基本給や手当の再設計が必要になりますが、コンプライアンスリスクの解消と従業員の納得感向上につながります。
Step 5 : 就業規則・賃金規程を専門家と点検する
管理監督者の定義や処遇に関わる就業規則・賃金規程の見直しは、法的な判断を伴うため社会保険労務士や弁護士などの専門家と連携して進めることをお勧めします。特に、管理監督者の範囲や残業代の取り扱いを変更する場合は、不利益変更の問題も絡むため、慎重な手続きが必要です。
法改正を「攻め」の人事改革につなげるために
「管理職だから残業代は不要」という認識は、法律の正確な理解に基づいたものとは言えません。管理監督者の要件は厳格であり、中小企業の管理職の多くは、厳密に検証すれば要件を満たしていない可能性があります。
労働基準法の改正議論は、管理監督者の範囲基準の明確化、労働時間把握の義務化、健康確保措置の導入という方向に進んでいます。法案提出は見送りとなったものの、改正の方向性自体が変わったわけではなく、いずれ施行される可能性は高いと考えられます。
しかし、ここで重要なのは、法改正への対応を「守り」のコンプライアンス対策としてだけ捉えないことです。管理職の処遇や働き方を見直すことは、管理職自身のモチベーション向上、次世代リーダーの育成促進、組織全体の生産性向上にもつながります。
「管理職になりたくない」という若手社員の声が増えるなか、管理職というポジションの魅力を高めることは、企業の持続的な成長にとって欠かせないテーマです。まずは自社の管理職の実態を点検するところから始めてみてはいかがでしょうか。「知らなかった」では済まされないリスクを解消し、法改正を自社の人事改革のきっかけに変えていきましょう。
法改正への対応は、単なるコンプライアンス対応にとどまらず、自社の働き方や人事制度を見直す絶好の機会でもあります。当事務所では、法改正を踏まえた制度設計・運用支援を行っています。「自社の管理職の取り扱いが適正か確認したい」「管理監督者の要件を整理したい」とお考えの方は、お気軽にご相談ください。

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