経営の未来は「人事部の進化」にあり?!

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オペレーション型人事から戦略人事へ

企業経営を取り巻く環境は、近年ますます複雑かつ多様化しています。激しいグローバル競争、市場や顧客ニーズの細分化、デジタル技術の革新、そして働き方や価値観の変化――こうしたトレンドはもはや「一時的な流行」ではなく、企業が日常的に向き合うべき課題として定着しました。これに伴い、各企業の人事部門も従来の「人事管理(オペレーション)」だけでは生き残れなくなり、経営戦略を支える「戦略的パートナー」としての役割を強く求められるようになっています。

この記事では、まず「オペレーション型人事」と「戦略人事」のそれぞれの特徴や背景を整理します。そのうえで、企業が戦略人事へと移行する際に踏むべきステップや注意すべきポイント、さらには社内外のリソースを活用する具体的な方策について詳しく解説します。

従来の「オペレーション型人事」の果たしてきた役割

従来の人事部門は主に「管理すること」を使命としてきました。社員の勤怠管理、給与計算、福利厚生の運用、雇用契約管理、法令順守などがその主たる業務です。これらは「正確性」「効率性」「公平性」が求められ、どちらかといえば現状維持を目的としていました。

勤怠管理
社員の出勤・退勤状況、有給休暇の付与と消化管理など、労働時間に関する正確な把握と記録が求められます。日本の企業においては、労働基準法や労働安全衛生法などの法制度に則った管理が必須です。

給与計算と福利厚生の運用
社員へ正確に給与を支給するための計算業務や社会保険手続き、健康保険や厚生年金、雇用保険といった公的保険の加入・喪失手続き、健康診断の手配、福利厚生プログラムの維持・管理など、多岐にわたる事務処理を行います。

雇用契約管理・法令順守
新規採用時の雇用契約書の作成や更新、就業規則の整備など、企業として労働契約法や労働基準法、パートタイム労働法などの遵守を確実に行わなければなりません。

従業員情報の管理
社員の個人情報や異動履歴、評価データなどを整理し、企業の「人」に関する基本的なデータベースを構築・維持することも重要です。

しかし、企業の成長や変革に直接的に貢献するというよりは、どちらかといえば「現状を安定的に維持するための管理機能」という位置づけで捉えられることが少なくありません。結果として、経営層や他の事業部門からは「人事=コストセンター」という認識を持たれがちで、組織の変革やイノベーションへの寄与を期待されないケースもあったのです。

なぜ今「戦略人事」が求められるのか?

こうしたオペレーション中心の人事部門に対して、近年「戦略人事」が強く求められるようになった背景には、主に以下のような要因があります。

経営環境の激変
グローバル化の進行や技術革新に伴い、企業を取り巻く市場環境は予測不可能なほど変化しています。新製品や新事業の開発スピードが加速する中で、求められる人材像や組織形態も大きく変わりつつあります。

人材こそが最大の経営資源という認識
「モノや技術よりも、人こそが経営の源泉」という考え方は近年ますます強まっています。高度な専門性を持った人材やリーダーシップを発揮できる人材を、いかに獲得・育成し、組織全体の成果に結びつけていくかが企業の競争優位のカギを握るとされているのです。

働き方改革と多様化する労働力
日本国内では働き方改革関連法をはじめとした法整備が進み、残業時間の上限規制や有給休暇の取得義務化など、従来よりも厳格な労働時間管理・生産性向上策が求められています。一方で、ダイバーシティ&インクルージョンを意識した組織づくりも重要視されるようになりました。外国人材や高齢者、女性、子育て中の人材など、多種多様な人材が活躍できる環境を整えなければ、企業の持続的成長を維持できない時代になってきています。

デジタル・トランスフォーメーション(DX)の促進
データ分析やAIなどのテクノロジーが急速に進化し、ビジネスモデルの変革を迫られています。人事部門においてもHRテック(HRテクノロジー)の導入が進み、データを活用した人材管理や組織分析の重要性が飛躍的に高まっています。従来の「勘と経験」に基づいた判断だけではなく、ビッグデータやAIを使いこなすことが必要になっているのです。

これらの要因が絡み合った結果、人事部門は単なる事務・管理部門ではなく、「経営者のパートナーとして事業戦略に深く関与する存在」に変わることが求められるようになりました。
この「経営者のパートナー」「戦略的パートナー」としての人事こそが、いわゆる「戦略人事」です。単に人材をコストではなく“戦略的資産”と位置づけ、企業文化や組織開発、人材育成プログラムをも包括しながら、経営戦略を実現するための中心的役割を果たします。

「戦略人事」とは何であるか?

経営環境が複雑化する中で、企業が競争優位性を保つためには、組織としての「人の力」を最大限に引き出すことが不可欠になっています。人事部門は、経営戦略の遂行を支援し、組織全体の成長を促すことが求められており、経営課題を積極的に捉え、人事施策を通じて組織の競争力を高めていく役割を果たす必要があります。言い換えれば、経営者の戦略的パートナーとして変革を迫られているのです。

戦略人事とは、経営戦略と一体となり、その戦略を人材面から支え、さらには企業文化の醸成や組織開発を積極的に推進していく役割を指します。具体的には以下のような役割を担います。

経営戦略との密な連携
経営層との定期的な対話や経営会議への参加を通じ、企業全体の経営ビジョン・目標を明確につかみます。事業計画や市場動向を的確に把握し、人材戦略に反映させることで、経営と人事が一体化した意思決定を可能にします。

人材の採用と育成の戦略的運用
自社のビジネスモデルや事業戦略にマッチする人材を短期・中長期のスパンで見極め、採用計画を立案します。加えて、入社後のオンボーディング、職務ローテーション、研修・教育、キャリア開発プランなどを体系的に運用し、人材ポートフォリオを常に最適化する仕組みをつくります。

エンゲージメント向上と企業文化の構築
社員が自律的にイノベーションを起こし、高いモチベーションを保ちながら働ける職場づくりを推進します。具体的には、従業員満足度(ES)調査を活用したエンゲージメント向上施策、メンタルヘルス対策、ワーク・ライフ・バランスの制度整備などが挙げられます。また、企業理念やバリューを明確化し、組織全体に浸透させる取り組みも重要です。

HRテクノロジーの活用
勘や経験に頼らない、データドリブンな意思決定を行うために、人事情報システム(HRIS)や人材マネジメントシステム(タレントマネジメントシステム)を導入します。これにより人事データを一元管理し、適材適所の配置や公正な評価制度づくり、離職リスクの予測などをより正確に進められるようになります。

組織開発(OD)と変革推進
組織文化や風土の改革、新規事業立ち上げやM&Aなどの大きな変革において、人材配置や組織体制をどのように設計すべきかをリードします。必要に応じて外部のコンサルタントや専門家と連携しながら、企業全体が同じ方向性を持って動ける環境を整備することも重要です。

このように「戦略人事」が果たすべき役割は、従来のオペレーション型人事に比べてはるかに広範囲であり、経営そのものに深く関わるものになります。経営層と対等の目線で議論を重ね、短期的な利益だけでなく長期的な企業価値の向上にも寄与できることが、「戦略人事」の大きな特長といえるでしょう。
戦略人事が効果的に機能すれば、企業は人材を単なるリソースではなく「戦略的資産」として捉え、企業の競争優位性を飛躍的に高めることができます。

オペレーション型から戦略人事へ―変革を成功させるための5つのステップ

では、具体的にどのようなステップを踏んで人事部門がオペレーション型から戦略人事へと変革を進めていけば良いのでしょうか。以下では、そのプロセスを5つのステップに分けて整理します。

ステップ①:人事のミッション・ビジョンを再定義する

  • 目的を明確にする
    まずは人事部門として「なぜ戦略的パートナーになる必要があるのか」を改めて確認し、ミッションやビジョンを再定義します。企業の経営理念や中期経営計画を踏まえ、人事が組織にどのような付加価値をもたらしたいのかを言語化します。
  • 経営層との対話を重視
    ここで重要なのが、経営者や役員との対話です。彼らの抱える課題やビジョンをヒアリングし、人事側がどのようにサポートできるのかをすり合わせることで、戦略人事の土台を築きます。

ステップ②:人事部門の組織再編

  • 役割分担の明確化
    オペレーション業務(給与計算、勤怠管理など)と戦略業務(採用・育成計画、組織開発など)を分けることで、それぞれの担当者が本来の業務に集中できる体制を作ります。可能であればオペレーション業務はアウトソースやRPA導入などで効率化し、戦略業務にリソースを振り向けられるようにしましょう。
  • 人員配置とスキルマッチング
    組織再編の過程では、既存スタッフのスキル・志向性を見極め、戦略業務に向いている人材を戦略人事チームに配属するなど、適切な配置を行うことが重要です。

ステップ③:人材の育成とスキル向上

  • 必要スキルの定義
    戦略人事を推進するために求められる能力は、経営視点、データ分析スキル、コミュニケーション能力、プロジェクトマネジメント能力など、多岐にわたります。これらの能力を社内で一から獲得するには時間がかかるため、計画的な育成プランを策定しましょう。
  • 研修やコーチングの活用
    社内研修だけでなく、専門機関やビジネススクール、外部セミナーなども活用し、担当者のスキルアップを支援します。必要に応じて、社外のコンサルタントを招いてワークショップやプロジェクト型研修を行うのも効果的です。

ステップ④:人事データの戦略的活用

  • HRテクノロジーの導入・活用
    戦略的な意思決定を行うためには、客観的でタイムリーなデータが欠かせません。採用・育成・配置・評価・定着率など、あらゆる人事関連のデータを一元管理できるシステムを導入し、データドリブンな分析を可能にします。
  • 経営指標との連動
    売上や利益率、顧客満足度などの経営指標と人事指標(離職率、採用充足率など)を関連づけることで、施策の効果をより定量的に示すことができます。これにより経営層からの理解と支持を得やすくなります。

ステップ⑤:継続的な改善とフィードバックループの構築

  • PDCAサイクルの確立
    戦略人事に取り組む過程では、初めから完璧を目指すのではなく、試行錯誤とフィードバックを繰り返しながら施策を磨いていく姿勢が大切です。具体的には、施策を「計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)」のサイクルで回し、常にブラッシュアップを図ります。
  • 現場との密な連携
    人事部門だけが頑張っていても、現場の理解や協力が得られなければ、施策はうまく機能しません。現場マネージャーや従業員とのコミュニケーションを定期的に行い、課題や改善点を迅速に吸い上げることが重要です。

戦略人事への変革を阻む主な課題と対処方法

従来のオペレーション型人事部から戦略人事への移行は、一朝一夕には実現しません。実際に取り組む企業の声を聞くと、以下のような課題がしばしば浮上しています。

社内の理解・協力不足
「人事がいきなり何を始めたのか?」と現場社員や経営層から理解が得られないケースもあります。対処策としては、戦略人事の目的やメリットを分かりやすく示すと同時に、小さな成功事例を積み重ねて社内にアピールすることが有効です。

スキル不足やリソース不足
戦略人事に必要な高度なスキルを持った人材がいない、あるいはそもそも人手不足でオペレーションに忙殺される……といったケースです。外部研修やコンサルティングサービスの活用、RPA導入による事務作業の自動化などを検討するとよいでしょう。

企業文化や評価制度との整合性
戦略人事の取り組みが既存の評価制度や企業文化と矛盾してしまい、施策がうまく機能しないこともあります。この場合、人事制度や組織風土を含めた包括的な見直しが必要になります。

客観的視点を取り入れることで導入を加速する

戦略人事への変革は、企業内だけで完結できるとは限りません。特に、以下のような状況にある企業では、外部の専門家の力を借りることが大いに役立ちます。

  • どのように手をつければいいかわからない
    経営層から戦略人事へのシフトを求められているものの、具体的な進め方や優先順位が不明確な場合、外部コンサルティングが経験と知見をもとに、まずはロードマップを提示してくれます。
  • 社内リソースが不足している
    オペレーション業務で手一杯の人事部門が、戦略人事を推進する時間や人材を確保できないケースは珍しくありません。外部コンサルは一時的にプロジェクトメンバーとして参画し、計画立案から実行支援までを担うことができます。
  • 客観的評価とアドバイスが欲しい
    社内だけでは「当たり前」と思っている制度や仕組みが、実は他社から見ると非効率だったり、変革の足かせになっている可能性があります。外部専門家は客観的視点から改善点を洗い出し、他社の事例などと比較しながら具体的なアドバイスを提供します。

戦略人事への変革を通じて企業の未来を創る

「オペレーション型人事から戦略人事へ」という流れは、単なる人事部門の名称変更や新しい制度導入だけを意味するものではありません。むしろこれは、企業が「人」という経営資源をどのように捉え、活用していくかという根本的な考え方の変革です。
人材をコストではなく“投資”と捉え、長期的な視点で育成や配置、組織文化の醸成に取り組むことで、企業は外部環境の変化に対しても強靭かつ柔軟に対応できるようになります。これは、デジタル化やグローバル化の波が激しい時代においてこそ、企業の競争力を左右する最重要の要素といえます。

また、戦略人事への変革には、経営層だけでなく従業員全体が関与します。人事担当者がリード役を担いながらも、各部門の管理職や社員一人ひとりが自分のキャリアや働き方、組織への貢献の仕方を主体的に考えるようになることが理想的です。そうすることで、個人の成長と企業の成長が相互に高め合う関係性を築くことができます。

今こそ「戦略人事」へ踏み出そう

ここまで「オペレーション型人事」と「戦略人事」の違いから、戦略人事を成功させるためのステップや注意点、外部コンサルティングの活用法までを幅広く解説しました。ポイントを振り返ると、以下のように整理できます。

  1. 環境変化に即応する人事部門の在り方
    労働関連法の整備や働き方改革、グローバル競争、デジタル化など、外部環境が大きく変わる中、人事部門は「管理」だけにとどまらず、事業戦略と連動した「攻め」の姿勢が求められています。
  2. 戦略人事の具体的役割
    経営との密な連携、人材採用・育成戦略、エンゲージメント向上施策、HRテックの活用など、従来型とは比較にならないほど広範囲な活動領域があります。企業の中枢で組織開発や変革を牽引することがミッションです。
  3. 変革を成功させる5つのステップ
    • 人事のミッション・ビジョン再定義
    • 組織再編・役割分担の明確化
    • 人事担当者のスキルアップ
    • データドリブンな施策の推進
    • PDCAサイクルを回す仕組みづくり
  4. 外部コンサルティングの活用メリット
    客観的な視点や豊富な事例をもとに、企業独自の課題を解決し、戦略人事を加速させるための有力な手段となります。

企業にとって最大の経営資源は、やはり「人」です。モノや資金、技術がそろっていても、それを活かす組織や人材がなければ、企業は持続的な成長を実現できません。だからこそ人事部門には、経営課題を理解し、それに応じて最適な人材配置や組織文化の形成、従業員のキャリア支援などを通じて企業全体を底上げしていく役割が求められています。
そのためには、まずは自社の人事体制やスキルセットを客観的に見直し、変革の第一歩を踏み出すことが肝要です。そして必要に応じて、外部の専門家やコンサルタントの知見を取り入れながら、段階的に戦略人事の仕組みを構築していきましょう。

「オペレーション型人事から戦略人事へ」というキーワードは、今や企業の大小を問わず、経営課題の中心に位置づけられています。これは単なる人事部門の枠を超え、企業全体が変革し成長を遂げるための道のりでもあります。
この流れを他社任せにするのではなく、自社独自の強みやカルチャーを活かしながら、いち早く実行へ移すことこそが、これからの不確実な時代を生き抜く鍵となるでしょう。戦略人事へのシフトを成功させ、企業の未来を共に創り上げるために、ぜひ本記事の内容を参考に検討を進めてみてください。

著者

Wisteria Gate 代表
経済産業大臣登録 中小企業診断士
人と組織の活性化で明るい未来を創造する人事支援の専門化。人材開発・組織開発・評価制度および賃金制度、採用ブランディング、人材育成など人事全般に関する強みを保有。数百名規模の事業会社における戦略人事・PMI・人事責任者等を経て獲得したノウハウと、製造業・商社・サービス業など幅広い分野で培った経験に裏打ちされた“現場がわかるコンサルタント”として中小企業の人事課題の解決に取り組んでいる。

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