4月は人事実務の正念場
新入社員を迎え、組織体制を刷新し、新たな目標に向けて動き出す季節です。
しかし今年の4月は、例年とは少し事情が異なります。子ども・子育て支援金制度の創設、高年齢労働者の労災防止措置の努力義務化、健康保険の被扶養者認定基準の変更など、複数の法改正が同時に施行されるからです。
厚生労働省の資料によると、2026年度は労働安全衛生法やハラスメント関連法の改正も順次施行される予定であり、人事担当者にとっては「法改正対応」と「新年度の実務」を同時に進めなければならない、まさに正念場のタイミングと言えるでしょう。
本記事では、2026年4月に施行される主な法改正のポイントを整理したうえで、新年度に見直すべき人事制度・運用のポイント、そして明日から使える実務チェックリストをお伝えします。
「何から手をつければいいかわからない」という方にこそ、お読みいただきたい内容です。
2026年4月施行の主な法改正ポイント
まずは、2026年4月1日前後に施行・適用が始まる主要な法改正を押さえておきましょう。いずれも就業規則や給与計算、社内体制に直結するものばかりです。
(1) 子ども・子育て支援金制度の開始
2026年4月から、新たに「子ども・子育て支援金制度」がスタートします。これは医療保険制度を通じて徴収される新しい拠出金であり、2026年4月分の保険料(原則として5月納付分)から適用が始まります。
こども家庭庁の試算によると、一人あたりの負担額は全制度の平均で月額250円〜450円程度とされています。金額自体は大きくありませんが、給与明細に新たな控除項目が追加されるため、従業員への事前説明や給与計算システムの対応が必要です。
「知らないうちに手取りが減った」と従業員が不信感を抱かないよう、4月の給与支給前に社内告知を行うことをお勧めします。
(2) 高年齢労働者の労災防止措置の努力義務化
労働安全衛生法の改正により、2026年4月1日から、60歳以上の労働者に対する労働災害防止措置が事業者の「努力義務」として課されます。
具体的には、作業環境の改善(照明、段差の解消等)、健康診断結果を踏まえた配置転換、体力に応じた作業内容の調整などが求められます。高齢化が進む中小企業では、すでに60歳以上の従業員が戦力の一角を担っているケースも多いでしょう。法的には努力義務ですが、労災が発生した場合の企業責任を考えると、実質的な対応は不可欠です。
(3) 健康保険の被扶養者認定基準の変更
2026年4月1日より、健康保険の被扶養者認定における「年間収入130万円未満」の判定方法が変わります。従来の「将来の収入見込み」ベースから、「労働契約の内容(賃金)」ベースへの転換です。
この変更により、パート・アルバイトの被扶養者認定がより明確な基準で判断されることになります。配偶者をパートとして雇用している企業や、扶養内で働く従業員が多い企業は、該当者への説明と労働条件の再確認が必要になるでしょう。
(4) 在職老齢年金の支給停止基準額の引き上げ
年金制度改正法により、在職老齢年金の支給停止基準額が月額62万円に引き上げられます。厚生労働省の試算では、約20万人が新たに年金の全額受給対象となる見通しです。
シニア人材の就労意欲向上に直結する改正です。「年金が減るから働く時間を抑えたい」という声が減ることで、人手不足に悩む中小企業にとっては採用・定着の追い風になる可能性があります。該当する従業員がいる場合は、制度変更の情報提供を行いましょう。
(5) ハラスメント対策と女性活躍推進法の改正動向
2025年6月に公布された改正法により、カスタマーハラスメント対策や就活セクハラ防止措置が2026年4月1日以降、順次義務化されます。また、女性活躍推進法の改正では、「女性管理職比率」などの情報公表義務が拡大される見込みです。
特にカスタマーハラスメント(カスハラ)対策は、小売業・サービス業・医療介護業界などの中小企業で喫緊の課題です。相談窓口の設置や対応マニュアルの整備、従業員への周知研修など、体制づくりを進めておきましょう。
労働基準法の大改正は見送り!しかし油断は禁物
約40年ぶりとなる労働基準法の大改正については、2026年の通常国会への法案提出が見送りとなりました。勤務間インターバルの義務化、副業時の割増賃金通算の見直し、有給取得時の賃金算定方法の変更など、注目されていた論点は2027年以降に先送りとなっています。
ただし、これは改正そのものが消えたわけではありません。制度設計を整理し直すための調整期間と捉えるのが現実的です。むしろ、この猶予期間を活かして自社の労務管理体制を点検し、改正が施行された際にスムーズに対応できる準備を進めておくことが賢明でしょう。
なお、労働基準法改正の詳細な論点については、以前の記事「2026年労働基準法改正:知っておくべき論点と実務対応」でも詳しく解説しています。あわせてご参照ください。

新年度に見直すべき人事制度・運用のポイント
法改正対応と並行して、新年度は人事制度や運用を見直す絶好のタイミングでもあります。ここでは、特に2026年のトレンドを踏まえた3つのポイントをご紹介します。
(1) 目標設定と評価サイクルの再確認
新年度のスタートに合わせて、評価制度の運用を再点検しましょう。
「評価制度はあるが、うまく機能していない」そんな声は中小企業の経営者から非常によく聞かれます。
多くの場合、制度そのものではなく運用に課題があります。目標設定の時期が曖昧になっていないか、評価基準が形骸化していないか、フィードバック面談が実施されているか。新年度は全社員の目標を一斉に設定し直す好機です。この機会に、評価者向けの目線合わせミーティングを実施することも効果的です。
(2) 新入社員のオンボーディング設計
大卒新入社員の3年以内離職率は32%前後で高止まりしており、離職理由の最多は「職場の雰囲気が合わなかった」(44.4%)というデータがあります。つまり、能力や待遇ではなく「馴染めなかった」ことが最大の離職要因なのです。
入社後の定着には、最初の90日間が決定的に重要とされています。この期間に「自分はこの組織の一員だ」と実感できるかどうかが、その後の定着を大きく左右します。
中小企業が取り組みやすいオンボーディング施策としては、以下が挙げられます。
- 入社初日の歓迎体制の整備(自己紹介の場、ランチ会など)
- メンターまたはバディの任命(相談しやすい先輩を1人つける)
- 1週間・1ヶ月・3ヶ月の到達目標を明示する
- 上司との定期面談(最初は週1回、徐々に頻度を下げる)
- 他部署との交流機会の設定
大企業のような大がかりなプログラムは不要です。「一人ひとりに丁寧に向き合える」という中小企業の強みを活かした設計が、最も効果的です。
(3) 管理職の負担軽減による「罰ゲーム化」への対策
2025年から2026年にかけて、人事領域で最も注目を集めているキーワードの一つが「管理職の罰ゲーム化」です。
パーソル総合研究所の調査によると、日本の管理職の9割以上がプレイングマネージャーであり、課長の約4割が「十分な権限を与えられていない」と感じています。
さらに深刻なのは、管理職になりたくない人が急増していることです。ある調査では9割以上が「管理職に昇進したくない」と回答しています。責任ばかりが重く、権限や裁量は限られ、プレイヤー業務も減らない。こうした構造が放置されれば、組織の持続可能性そのものが危ぶまれます。
新年度を機に、以下の対策を検討してはいかがでしょうか。
- 管理職の業務棚卸しを行い、不要な会議・報告業務を削減する
- プレイング業務の比率を30%未満に抑えることを目標にする
- 権限委譲を進め、意思決定のスピードを現場に持たせる
- 管理職同士が悩みを共有できるピアサポートの場を設ける
- マネジメントスキル向上のための研修機会を提供する
管理職の「罰ゲーム化」は、制度や仕組みの問題です。個人の努力や根性に頼るのではなく、組織として構造的に解決する姿勢が求められます。
4月の実務チェックリスト
最後に、2026年4月に人事担当者が確認・対応すべき項目をチェックリストにまとめました。自社の状況に照らして、漏れがないかご確認ください。
法改正対応
- 子ども・子育て支援金の給与計算システムへの反映は完了しているか
- 従業員への支援金制度の説明・告知は行ったか
- 60歳以上の従業員の作業環境・配置の見直しは行ったか
- 被扶養者認定の対象者リストアップと労働条件の再確認は済んでいるか
- 在職老齢年金の基準額変更について該当者への情報提供は行ったか
- カスタマーハラスメント対応の相談窓口・マニュアルは整備されているか
- 就業規則の改訂が必要な箇所を洗い出し、改訂スケジュールを立てたか
新年度の人事実務
- 全社員の目標設定スケジュールは確定しているか
- 評価者向けの目線合わせミーティングは計画されているか
- 新入社員のオンボーディングプログラムは準備できているか
- メンター・バディの任命と事前研修は完了しているか
- 人事異動に伴う引き継ぎ計画は策定されているか
- 管理職の業務負荷の棚卸しは実施したか
- 年間の研修・育成計画は策定されているか
変化をチャンスに変えるために
2026年4月は、複数の法改正が同時に施行される「人事の転換点」です。対応すべきことが多く、負担を感じている方も多いのではないでしょうか。
しかし、法改正への対応は単なるコンプライアンス対応ではありません。自社の働き方や人事制度を見直す絶好の機会でもあります。新年度という節目を活かして、就業規則の改訂、評価制度の運用改善、新入社員の受け入れ体制の整備、管理職の負担軽減。一つひとつ着実に取り組むことが、組織の競争力を高める土台になります。
大切なのは、すべてを一度に完璧にやろうとしないことです。まずは本記事のチェックリストをもとに自社の状況を点検し、優先順位をつけて一つずつ対応していきましょう。その積み重ねが、従業員が安心して働ける職場環境と、持続的な企業成長につながるはずです。
