人に関する経営計画策定のススメ
前回(第1回)では、中期経営計画と人事制度のあいだに横たわる「3つの断絶」と、それを埋めるための 「戦略 → 組織 → 人材 → 制度」の4階層モデル をお伝えしました。
第1回の要点を簡潔に振り返れば、経営計画が実行されない最大の原因は「実行力の不足」ではなく、計画を人と組織の言葉に翻訳できていない「翻訳力の不足」にある、ということでした。そして、その翻訳作業を担うべき人事制度が、経営計画と切り離されて単独で運用されているかぎり、戦略は実行に移されません。
第2回となる本記事では、4階層モデルの第3階層「人材」と第4階層「制度」の実装に踏み込みます。
具体的には、(1)経営目標を要員計画に翻訳する、(2)等級制度を戦略に紐づける、(3)評価指標を経営の言葉から引き下ろす、という3つの実務手順を、中小企業の実情に即して解説します。
第1回が「考え方」だったのに対し、本記事は「やり方」が中心です。明日から自社の制度を見直すための具体的な手がかりとしてご活用ください。
経営目標を「要員計画」に翻訳する
戦略人事の実装は、まず 「経営計画の数値目標を、必要人材の数とスキルに翻訳する」 ところから始まります。これが要員計画です。
要員計画というと、「来年度に何人採用するか」という採用人数の話に矮小化されがちです。しかし、戦略人事における要員計画は、3年後・5年後の事業構造を支える人材ポートフォリオを設計する作業であり、採用だけでなく育成・配置・外部活用までを含む包括的な計画です。
売上・利益目標から要員数を逆算する2つのアプローチ
要員数を算出する基本手法として、トップダウンとボトムアップの2つのアプローチがあります。中小企業では、両者を組み合わせるのが現実的です。トップダウンで全社の必要人数の見当をつけたうえで、重要部門についてはボトムアップで精緻化する。この二段構えで、計画の網羅性と精度のバランスをとります。
トップダウン・アプローチ
売上や利益の目標値を、一人あたり生産性で割り戻して必要人数を算出する方法です。たとえば、3年後の売上目標が15億円で、業界水準の一人あたり売上が5,000万円であれば、必要な営業・事業部門の人数は概算で30名となります。スピーディーに全社の概観をつかむのに向いています。
ボトムアップ・アプローチ
業務量や役割の積み上げから必要人数を算出する方法です。「新規顧客開拓を年間50件積み増すには、営業担当が3名必要」「新製品の保守体制を確立するには、技術者を2名増員する必要がある」というように、業務単位で人員を積み上げていきます。精度は高いものの、時間がかかります。
「人数」だけでなく「スキル要件」を必ずセットで定義する
要員計画で見落とされがちなのが、スキル要件の定義です。「営業部門に3名増員する」と決めても、「どんなスキルを持った営業を増やすのか」が定義されていなければ、採用も育成も曖昧になります。
スキル要件を定義する際は、以下の3つの観点で整理することをおすすめします。これらを用いながら「3年後に必要な人材像」を文章化することで、採用要件・育成プログラム・評価項目の出発点が固まります。
第一の観点 業務遂行スキル
営業であれば提案力、技術であれば設計力など、職務を遂行するために必要な専門スキル。
第二の観点 対人スキル
チームを率いる、顧客との関係を構築する、社内調整を行うといった、対人関係に関わる能力。
第三の観点 変革推進スキル
中期経営計画で新しい取り組みを掲げているなら、それを推進する能力(新規事業立ち上げ、デジタル活用、海外対応など)を必ず明示します。
中小企業ならではの要員計画:採用・育成・外部活用の組み合わせ
中小企業の要員計画は、大企業のように「すべて社内人材で充足する」ことを前提にできません。人材プールが限られているため、採用・育成・外部活用の3つを現実的に組み合わせる必要があります。
採用で充足するのは、業務遂行スキルがある程度標準化されており、市場から調達可能な人材となります。営業職、エンジニア、経理担当などが該当しますが、昨今は採用市場において企業側が求める水準に達する人材自体の希少性が高まっていることから、決して簡単に充足できるという訳ではないことはあらかじめ認識しておく必要があります。
育成で充足するのは、自社特有のノウハウや組織文化への理解が必要な人材です。次世代の管理職層、自社事業に深く根ざした専門職などはここに当たります。外部からの調達が難しく、人材が成長するのに長い時間を必要とします。中長期的な目線で戦略的に人材を育てる仕組みを構築し、運用していく必要があります。
外部活用で充足するのは、必要性は明確だが社内に常時抱える必要のない専門性です。法務、知財、IT、人事、財務といった機能を、顧問契約や業務委託、社外取締役の登用で補強する選択肢があります。昨今、大手企業を中心に、特定のプロジェクト推進時に業務委託などで外部の専門家を活用して進める動きも活発になっています。能力確認の難しさ、指揮命令権などが無い、準委任・請負などの契約種別による制約など通常の社員とは異なりますが、自社の目的に合わせた専門家を活用することができれば非常に力強い味方になることは間違いありません。
要員計画の精度は、この3つの組み合わせをどう描くかで決まりますが、中小企業診断士の視点からは、特に外部活用の余地を最初から検討に入れることをおすすめしています。
理由として、社内で人員を抱え込もうとすると人件費が膨らむことや、戦力として期待できるレベルに到達するまでの育成期間が必要なことから、結果的に経営計画の財務見通しを圧迫するためです。また、業務委託等であればプロジェクトや目的達成後に契約内容や関わり方を変えることができるため、企業側としては柔軟に活用可能なリソースとしての期待ができます。
等級制度を戦略に紐づける「役割等級」の設計思想
要員計画が描けたら、次は等級制度です。ある程度の企業規模において、等級制度は社員一人ひとりが組織のどの位置にいて、何を期待されているかを示す「役割の地図」の機能を持ちます。
職能等級・役割等級・職務等級の違い
基本的な考え方として、まず、等級制度には大きく3つの類型があります。
職能資格制度
人の能力を基準に等級を決める仕組みです。会社に所属し、勤続年数を経て習熟することで能力が成長していくという考え方を元に長らく日本企業の主流の制度として取り入れられていましたが、年功的な運用に陥りやすい点や格付け運用時において下方硬直性が強く、戦略との連動が難しいという課題があります。
職務等級制度(ジョブ型)
社員一人ひとりに与えられる具体的な職務(ジョブ)ごとに等級と処遇を決める仕組みです。仕事の価値によって定められるため、成果主義と相性が良く大企業や外資系で導入が増えていますが、制度導入時の職務記述書(ジョブディスクリプション)の整備や、その後の見直しに大きな労力がかかります。
役割等級制度(ミッション型)
組織内で担う「役割」を基準に等級を決める仕組みです。役割の大きさは、責任範囲、意思決定の影響度、必要な専門性などで定義されます。職能資格と職務等級のちょうど中間にあり、年齢を問わずに担う役割の大きさや質によって処遇することができますが、反面、役割が小さくなった場合では降格等の運用も実施されることとなります。近年、中堅・中小企業での導入が進み始めている制度です。
なぜ中小企業に「役割等級」が向いているのか
中小企業の人事制度では職能資格制度を導入されている企業が非常に多いですが、人事制度見直しのタイミングで役割等級をお勧めすることが多くなっています。理由は3つあります。
1:戦略との連動性が高い
役割は経営戦略から逆算して定義できるため、経営計画の変化に応じて柔軟に組み替えることができます。また、必ずしも個々の部門単位での設計や精緻化を要件としていないため、等級ごとに担う役割を定めるような設計にすることで、職能資格制度から大きな違和感を生まずに移行することも可能です。
2:職務等級ほど精緻なジョブディスクリプションを必要としない
中堅・中小企業ではリソースの関係で一人が複数の役割を兼ねることが多く、職務単位での厳密な定義は運用に馴染みません。仕事の詳細な単位ではなく、「この層にはこういった役割意識・責任を担ってもらいたい」といった決め方からスタートすることができ、かつ、ある程度包括的に設計しつつ客観的な要求事項を明示することができる役割等級制度は中堅・中小企業とも馴染みやすい制度です。
3:社員の納得感を得やすい
職能等級のような曖昧さがなく、職務等級のような硬直性もない、「役割の大きさに応じた処遇」という分かりやすさが、中堅・中小企業の規模感に合います。ただし、役割等級を導入する際には注意が必要です。役割の定義が抽象的すぎると、結局は職能等級と変わらない運用になってしまいます。「責任範囲」「意思決定の権限」「組織への影響度」を、できるだけ具体的に言語化することは、社員の納得感を高めるポイントとしても繋がります。
経営戦略から逆算する等級階層の設計
等級階層の数は、組織規模と戦略の方向性から逆算して決めます。中堅・中小企業では、5〜7等級程度が現実的な水準 です。
階層が多すぎると昇格機会は増える反面、各等級間の差が曖昧になり運用負担が重くなります。階層が少なすぎると社員のキャリア展望が描きにくく、優秀層の流出につながります。
具体的には、おおむね次のような階層構成が一例として挙げられます。
- 初級(1~2等級):新入から若手層(業務の習熟、基本動作の確立)
- 中級(1~2等級):中堅層(自律的な業務遂行、後輩指導)
- 管理(1~2等級):管理職層(チーム運営、業績責任)
- 専門(1~2等級):上級専門職/部門責任者層(戦略立案、組織横断のリーダーシップ)
重要なのは、各等級に対応する「期待行動」を、経営戦略と結びつけて記述することです。
たとえば「新規事業への積極的な挑戦」を中期計画で掲げているなら、管理職等級の期待行動に「新規領域への挑戦と部下への挑戦機会の付与」を明記する、といった具合です。
評価指標を「経営の言葉」から引き下ろす
要員計画と等級制度が固まったら、次は評価制度です。評価制度は、経営計画と社員の日々の行動を結ぶ最後の翻訳装置です。
KGI → KPI → 個人目標への落とし込み
評価制度の根幹は経営目標から個人目標への落とし込みです。KGI → KPI → 個人目標のつながりが、評価制度の骨格となります。逆に言えば、経営目標と無関係に個人目標が立てられている評価制度は、いくら精緻に設計されていても戦略の実行装置として機能しません。
KGI(重要目標達成指標)
中期経営計画の最終ゴールに相当します。「3年後に売上15億円」「営業利益率10%」といった、経営の最終成果指標です。もう少し簡単な例にすると、「ダイエットで年末までに5㎏落とす」などが該当します。
KPI(重要業績評価指標)
KGIを達成するための先行指標です。「新規顧客獲得数(月5件以上)」「顧客あたり受注単価(昨対比+10%以上)」「リピート率(昨対比+20%以上)」などが該当します。先ほどのダイエットの例で続けるとすれば、「1日の摂取カロリー(1800kcal以下になっているか?)」「30分以上の運動習慣継続(週3日以上は実施できているか?)」といった形になります。
これらの先行指標を達成できていなければゴールであるKGIの達成も難しくなるため、KPIの達成度などを進捗管理することによって、届きそうにない場合にすぐ打ち手を講じることができます。なお、KPIは一つのゴールに対して複数あることが一般的です。
個人目標
KPIを各部門・各個人の責任範囲に落とし込んだものです。営業担当者であれば「新規顧客10社開拓」「既存顧客への提案件数月5件」といった具体的な行動指標になります。
業績評価と行動評価のバランス設計
評価には大きく 業績評価(何を達成したか)と行動評価(どう行動したか)の2軸があります。
業績評価だけに偏ると、短期的な数字至上主義に陥り、組織文化や顧客との関係が損なわれるリスクがあります。一方、行動評価だけに偏ると、結果責任が曖昧になり、業績向上への動機づけが弱まります。
中小企業診断士の視点からは、おおむね業績6:行動4、または業績5:行動5のバランスが、戦略との連動と組織文化の維持を両立しやすい水準と考えています。ただし、業種・職種・等級によって最適なバランスは異なります。例えば、営業職は業績比重を高めに、技術職や管理部門は行動比重をやや高めにする、といった微調整が現実的です。
評価項目の絞り込み ―「7±2」の原則
評価制度設計で最も陥りやすい罠が、評価項目を増やしすぎることです。「あれも大事、これも大事」と項目を足していった結果、評価シートが20項目を超えるような制度になると、評価者も被評価者も全体像を把握できなくなります。
人の短期記憶が一度に扱える情報量は 「7±2」 と言われています。評価項目も一人あたり7項目前後(業績評価3〜4項目、行動評価3〜4項目)に絞り込むことをおすすめします。
絞り込みの判断基準は、「経営計画との連動度合い」です。
中期計画の達成に直結する項目を残し、間接的な項目は思い切って外す。
この勇気が、運用可能で戦略連動性の高い評価制度を作ります。
落とし込みの実務ステップ
ここまでの考え方を、実務上の3ステップにまとめます。
最初のステップは、中期経営計画の数値目標を、役割別の必要人数に分解することです。営業部門に何名、技術部門に何名、間接部門に何名というように、現在の人員配置と3年後の必要配置を一覧化します。このとき、現在の人員にギャップがあるポジションが明確になります。それが、採用または育成のターゲットです。
次に、各等級の期待行動を3〜5項目に絞って言語化します。等級ごとに「この等級にいる人は、何ができていて、何を期待されているか」を、経営戦略の方向性と紐づけて記述します。
ここで重要なのは、過度に網羅的にしないことです。等級ごとに10項目の期待行動を書き連ねると、社員も管理職も覚えきれません。「最も重要な3つ」に絞ることで、メッセージは鮮明になります。
最後に、評価項目を「経営目標との連動度合い」で並び替え、上位項目に重み付けを集中させます。たとえば、中期計画で「新規事業の柱の確立」を最優先に掲げているなら、評価項目の重み付けも「新規領域への取り組み」を最大にする、といった具合です。経営方針と評価の観点を連動させることにより、「なぜ、この項目が評価されるのか?」という社員の疑問に答える事ができる(=納得感のある)制度を構築できます。
評価項目の重み付けは、社員に対する 「会社が今、何を最も重視しているか」 というメッセージそのものです。経営計画と評価項目の重み付けが整合しているかを、毎年見直す習慣をつけることをおすすめします。
中小企業が陥る2つの罠
実装段階で中小企業がよく陥る罠を2つ、最後に共有します。
罠①:完璧な要員計画を作ろうとして時間切れになる
要員計画の精度を上げようとして、何ヶ月もかけて算出根拠を積み上げ、結局決まらないまま時間が過ぎる、という光景をよく目にします。要員計画は「完璧」を目指す書類ではなく、「意思決定の出発点」となる仮説です。
70%の精度で構わないので、まず形にする。そして年に1回見直す。この運用サイクルが、計画の有効性を担保します。
罠②:評価項目を増やしすぎて運用が破綻する
「あれも大事、これも大事」で評価項目を増やした結果、評価面談の負担が膨大になり、形式的な運用に陥ってしまうケースが少なくありません。評価項目を増やすことで網羅性は上がるかもしれませんが、運用負荷が許容量を超えると、評価制度そのものが信頼を失います。「7±2」を上限とし、不要なものは外す勇気が必要です。
「経営計画との連動度合い」を判断基準にし続ける
本記事では、中期経営計画を要員計画・等級制度・評価制度に落とし込む実務ステップを中小企業の実情に即して解説しました。もう一度、全体を振り返って要点を整理します。
第一に、要員計画は採用人数の話ではなく、3年後の人材ポートフォリオを描く作業である。
第二に、等級制度は 「役割等級」が中小企業に向いている場合が多く、5〜7等級程度が現実的である。
第三に、評価制度は KGI → KPI → 個人目標への落とし込みで設計し、項目は7±2に絞り込む。
そしてこれらすべての設計判断において、「経営計画との連動度合い」を判断基準にし続けることが、戦略人事の実装を成功させる鍵となります。
次回(第3回)では、本記事までで設計した制度に「報酬」「配置」「育成」をどう連動させ、経営計画を本当に実装していくかを扱います。賃上げ原資の確保ロジック、サクセッションプランの組み立て、人材育成投資の意思決定など、経営者が判断すべきテーマを中心に解説する予定です。
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